09:22 @zrenga 連句に於ける新しさの在処 ー応じ方ー 連句に於ける新鮮な感興を惹起するには如何にすれば良いであろうか。其の点を考へると、発句に於ける新鮮味とは甚しく其の性格を異にする事が感じられる。発句に於ての新しさは、 #jrenga (1/6)
09:22 @zrenga 作者と作者の対する対象との関係に於て存在する。つまり作者が、自然なり人事なりを凝視して、その自然又は人事の中から、他人の言ひ古していない所の新詩趣を探り取って来ることが、俳句に於ける新しさである。俳句に写生などが勧められ、 #jrenga (2/6)
09:22 @zrenga 写生によって新生命が得られたのも、こうした立脚地に立つものであったが故である。新しい対象を発見し、その把握の仕方と表現の仕方に、個性的な味はひを出す事が出来れば、俳句としてはそれで十分なる新味を獲得したものと認められるのである。 #jrenga (3/6)
09:22 @zrenga 然るに、連句の感興は、前句といふものに対して、巧妙に応ずる所が眼目である。従って、新しさといふものは、前句への応じ方に存しなくてはならない。自己の独創なり個性味なりを主張する点にはなくて、自己を虚にして前句を受け入れ、 #jrenga (4/6)
09:22 @zrenga 自己に宿った前句の余情を噛み分けて、その余情に対して応じて行く行き方に新味が求められる。従って、付けた付句自身には、別に素材着眼に新しい所がなくとも、前句との関係に於て新しさがあれば良いのである。支考が「付句は句に新古なし、 #jrenga (5/6)
09:22 @zrenga 付る場に新古あり」といひ、蓼太が其の一例として「弁当と先へ来ている按摩取」といふ前句に「しづ心なく花の散るらん」と付け示したなどは、最も端的に此事を言ひ切ったものである。 ... in 能勢朝次『連句藝術の性格』 #jrenga (6/6)
12:15 連句に於ける新しさの在処: 連句に於ける新しさの在処 ー応じ方ー in 能勢朝次『連句藝術の性格』 連句に於ける新鮮な感興を惹起するには如何にすれば良いであろうか。其の点を考へると、発句に於ける新鮮味とは甚しく其の性格を異に... http://t.co/5yX5ahlm
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