2010年4月26日月曜日

Sun, Apr 25

07:50 捌き不自在の宗匠は、不安ゆえ式目をかき集めそれを金科玉条とし、その僕べとなる。捌き自在の宗匠は、式目を目安と考えそれを僕べとする。前者は貞門や芭蕉没後の田舎蕉門系。後者は芭蕉。現代連句の大半は前者か。『初心には随分ゆるくすべし。』QT @Keiten666:窮屈
09:14 全く同感です。QT @huyaan:式目は変化を生成させる手段であり連歌の目的 とするところではない。芭蕉翁二十五箇条【一句の好悪を論じて、指合は後 の詮議なるべし。】一句の好悪とは作がいいかわるいかということではなく、 #jrenga 連歌 俳諧 連句 (1/4)
09:14 前句から付句がどれだけ転じ変化しているかということである。前句から転 じた好い付句をしていれば、たとえば打越に猫が居るとき付句で鼠を詠んで も生類の打越を咎めない。反対に前句の情に引きずられた悪い付句は、趣向 #jrenga 連歌 俳諧 連句 (2/4)
09:14 がいくら打越とかけ離れていて式目的に問題なくても付句を咎める。 一般はいきなり式目からみて打越をとがめ面白い付句を没としてしまう。 前句から転じた好い付句であれば、式目は吹っ飛ぶということである。 真の芭蕉門においては、 #jrenga 連歌 俳諧 連句 (3/4)
09:14 前句を転じる妙法により、機械的に変化 をつけようとする式目は吹っ飛ぶ。要するに式目による 他力から、自分の付け方による変化自在という自力への昇華である。   三冊子【格は句よりはなるる也。はなるるにならひなし。】 #jrenga 連歌 俳諧 連句 (4/4)
17:57 井上ひさしの至言: むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをおもしろく おもしろいことをまじめに まじめなことをゆかいに ゆかいなことをいっそうゆかいに (劇団こまつ座の機関誌「The 座」に寄せて '89)... http://bit.ly/dv93xj
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